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ブログ - Words from Flying Books

SHOMEI TOMATU WAS DEAD

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『I am a king』より

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遅ればせながら2013年の始まりは、二人の巨匠の死によって幕が上がったと記憶する。一人は日本映画界の巨人、世界の大島渚、もう一人は写真界のキングこと、東松照明だ。東松照明は2012年にすでに世を去っていたが、遺族からの発表は2013年の1月だった。日本の戦後を代表する二人の偉大な芸術家の死に、一つの時代の終わりを感じた。昭和一ケタ代に生まれた二人は間違いなくオトナであり、社会的であり、それがゆえに、そこが限界であった。東松照明と大島渚世代の共通点は間違いなく戦争、そしてアメリカ二ゼーションだ。

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『朱もどろの華』より

東松照明と言えば、今や巨匠の森山大道、荒木経惟の親分として写真界で大きな顔をしていた人物である。いわいるフランス映画界でのメルヴィル、ブレッソンである。東松照明のアシスタントへの夢やぶれて、細江英公のアシスタントになった森山大道のエピソードは有名だし、彼はいまだに東松の写真に対してのベタ惚ぶりを公言してはばからないし、森山の写真や名前の読み方の変化でもその影響が伺える。東松が参加していた写真家集団「VIVO」は、川田喜久治、奈良原一高、細江英公など個性的な写真家の集まりで、今見てもなかなか興味深い。なぜなら、いま名前を上げた写真家達は基本的に誰にも似ること無く、独自の表現を奇跡的に追求しているからである。「VIVO」が先にあってのその次に「プロヴォーグ」という流れは、歴史的必然である。そう、創造なくして破壊なし。また、メインカルチャーなくしてカウンターカルチャーなし。

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『東松照明 日本の写真家30』より

東松の写真活動には、前期のシリアスなモノクロームの写真と、後期のストレートなカラー写真に分断される。しかしこの分断は常に往復可能である。前期の写真は後期のカラー写真の影として存在し、後期のカラー写真にはモノクローム写真からの時間の距離、敗戦や占領といった事実が、時間により風化せざるえないことを、あっけらかんと感じさせる。初期のモノクロームの写真は、内容抜きにしてもそのグラフィックのセンスは抜群である。森山大道はこれにイカレタのだろう。後期カラー写真では異様な存在感を持ち、ブキミな「キャラクターP」などは、東松の表現者としてのポテンシャルの大きさを嫌でも感じさせる。美術評論家の椹木野衣は、「キャラクターP」への愛を語り、むしろこれだけで良い言わんばかりである。モノクローム、カラー双方の写真が一つの「曼荼羅」あるいは、「アトラス」として再編集されたアクティブな展示が観られることを、今後ぜひ期待したい。

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『I am a king』より

現在、東松照明は森山大道や荒木経惟の影に隠れて、その存在は若者に与える影響は決して大きくは無い。しかしその作品やライフスタイルを含め森山や荒木よりも注目に値するのは事実である。沖縄への移住や、デジタルへのなんら抵抗感を感じさせないスマートな移行は、東松の先入観なしに物事を観る視線、そのままである。東松の主観を排した客観的な視線は、オトナならではの視線である。個人的に偏愛しているのは「Visions of Japan」に収められたでの九十九里浜の漂着物を撮影した作品である。古代より漂着物は漂着神あるいは寄神として象徴的にあつかわれ、人々の心をくすぐる物である。東松はこの物質に対してのメランコリーや腐敗物への嗜好を廃止、さわやかに撮影している。表現意識が極度にそぎ落とされたその視線は、寒々として恐ろしいくらいだ。この機械のような目が、被爆した皮膚、あるいは「キャラクターP」のキメラ的風景を出現させているのはゾクゾクする。東松照明がもし映画を作るなら美しいホラー映画だろう。

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『I am a king』より

日本の写真界も巨星が逝った後、残された者達で新しい歴史を作らなくてはならない。しかし、いま活躍し安定的な立場に居る者には期待出来ないだろう。KI賞とか、DK賞とかいう写真界の権威ある賞は、未だに古くさい手法の「うまうま」な写真のオンパレードだ。「うまうま」な表現とは、テリー・ジョンスン(湯村輝彦)が考えた「へた」と「うまい」の二項対立を超えたより多様な評価基準のことだ。そのなかで「うまうま」は4段階中で3番目だ。1位に「ヘタうま」を置き、2位は「ヘタヘタ」、3位は上述の「うまうま」、4位は「うまヘタ」である。この評価でいくと「うまうま」の写真押しではシーンを変えられない。出来れば、大いなる失敗を恐れない勇気ある者に光を当ててほしい。そこからしか次の時代を担う人物は出てこないだろう。もしかしたら作者はいらないのかも知らない。音楽界では、初音ミクがいるし、将棋界では次々と名人クラスがコンピューターに敗戦している。現実の世界では匿名のハッカー集団アノニマスなどが現実に影響を及ぼしている。コンピューターでも人間でもサイボーグでもヴォーカロイドでも何でもいい、新しいことをしてる作品が見たい。それはもう、人間が撮ってなくてもいいじゃないか。
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『おお!新宿』より

ハヤシユウジ

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『おお!新宿』
東松照明
初版 カバー少イタミ
写研 1969
¥250,000

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『サラーム・アレイコム』
東松照明
初版 ビニカバー
写研 1968
¥38,000

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『I am a king』
東松照明
初版 函
写真評論社 1972
¥35,000

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『朱もどろの華』
東松照明
初版 写真専門学校による資料(76年)付
三省堂 1976
¥16,800

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『東松照明 日本の写真家30』
東松照明
初版 帯背ヤケ
岩波書店 1999
¥5,000

2013 年 5 月 24 日 | comment
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